高雄通信

2014年
神原克収

目次


1.初の高雄ロングステイ 2.高雄のコンド 
3.高雄の不景気  4.囲碁交流 
5. 映画「KANO」を見た 6. 海鮮料理の注文
7. 偶然会った人との交流  8.台湾の金持ち
9.NHKのオリンピック報道 10宗教団体「慈斎」について
11台湾で神様のように慕われている日本人 12台湾の師弟関係
13中山大学訪問 14日本時代の遺構保存
15幼稚園訪問 16東日本大震災写真展in高雄
17台湾の温泉 18「いい加減」か「良い加減」か
19自転車 20書道交流
21折紙交流 22費用(完)

1.初の高雄ロングステイ
 過去台湾では台中と新竹でロングステイを経験した。今回は初めて高雄でのロングステイで、ロングステイクラブ(LSC)メンバー20人でのステイである。
今回も高雄の銀髪族協会(TARP)のお世話になることにした。高雄 TARP の組織は新竹ほど強固ではないが、幹事長の謝長峻さんが大変熱心に誘って下さったので高雄でのステイを決心した。
高雄に来て1週間過ぎたが、我々のサポートは謝幹事長が個人的な人脈を駆使して 6~7 人がボランティアで勤めていただいている。新竹とは違った持ち味で一生懸命歓迎して下さっていて、高雄でも謝々!謝々!の連続である。
これから暫く高雄での歓迎ぶりや雑感をレポートします。
参加者と高雄のサポーター
コンドの部屋からの写真 コンドの部屋から85ビルが見える
有名な景勝地蓮池譚 高雄市内を流れる愛河、よく整備されている
2.高雄のコンド
                               リビングは結構広い。NHK も入る。
 今回の宿泊先は MRT(地下鉄)の三多商圏駅前の高層ビルにある。部屋ごとに異なるオーナーから委託を受けた業者が管理している。そのため部屋の大きさは同じでも仕様が全て異なり、今回は抽選で部屋を決めた。
MRT 駅前にはそごう、三越、大遠百と 3 つのデパートがあり、立地は抜群に良い。
部屋もベッドルームが 2 つあり、リビングは広く快適そのもの。難点はキッチンが貧弱で部屋で料理をしたい人には不満が残る。でも外食文化の国なので外食で済ませる人には快適である。食事場所も徒歩圏内に沢山あり困ることはない。
下見に来た時に補充をお願いした機器も全て準備されていたし、入居後の不具合も即刻対応してくれ、信頼のおける業者である。
部屋代は光熱費、1 週間に 1 回のリネン交換を含めて一部屋 36,000 元/月(12 万円強)で内容からするとリーズナブルである。

食卓もこじんまりしていて使い良い。2 つの寝室が画面左上に見える。 キッチンが狭く貧弱なのが難点
水廻りは普通で特に問題はない 寝室はダブルベッドの部屋が 2 つあり、何かと便利。
3.高雄の不景気
 高雄に来てから知人から「高雄は不景気」と何回か聞かされた。でも街の風景からは「どこが不景気?」と感じていた。
昨日知人の大学教授が自分たちで起業した会社のオフィスを見せてくれた。そのオフィスは高雄で最も高い 85 ビル(85 階建て)にあり、そこで空室の多さにビックリ。日本には「シャッター通り」というのがあるが、まさに「シャッターオフィスビル」の様相。高雄のランドマークたる 85 ビルでこの惨状、「不景気」という言葉以上の衝撃を受けた。





                                           高雄のランドマーク「85 ビル」
オフィス棟の空室が目立つ 最近は中国大陸へ移転する会社が多いとのこと
右から 2 番目が教授、右端はそのゼミ生で大学院生 事務所の壁に来訪記念のサイン
4.囲碁交流
 私の趣味の一つに囲碁がある。高雄でも碁会所を探したが小学生を指導するための場所はあっても所謂碁会所は見つからない。聞いたら中央公園で毎日 14:30からやっていると教えてくれたので早速出掛けてみた。
圧倒的に年配の男性が多く、彼らの対局を立ち見していたら「打つか?」と言われ六段と称する人と打ってもらった。一般的に日本の段は世界的にみると「甘い」と言われているので、日本では三段で打っているがこの日は初段と言って打った。結果は4子置いて見事に負かされた。
後日同行の LSC 会員 S さん(日本では四段)も二段と称して 4 局打ち全勝し、「二段では強過ぎる」と言われたとのこと。この S さんと私はチョボチョボの力なので今後何段で打ったら良いか悩ましい。
公園の一角に簡単なテーブルとイス、それに碁盤・碁石がおいてあり誰でも自由に使えるようだ。S さんとはそこで勝手に机・椅子・碁盤を借用して 3 局楽しんだ。今回は時間不足でその後行けそうもないが、来年以降数回通えば顔見知りも出来て楽しめそう。
男性のみで圧倒的に年配者が多い
5 映画「KANO 」を見た
 今台湾 では映画「KANO」が大ヒット中だ。
この映画 は日本統治時代の昭和 8年 の甲子園 で嘉義 農林高校 (KANO)が準優勝 した史実 をもとに作成 された。
映画 を 通して流れてい るテーマ は日本民族、 漢民族、 原住民族の3民族の融和である。
私が見た映画館 は大遠百デパートにあり、 映写室は9 つでそのう ち7室をKANOの上映 に充て、何と30 分毎に上映 されるという という人気振り。
人気 の秘密 は台湾人の存在感 を示せたという矜持 であ ろう と思う。そして台湾 人にとって 日本統治時代が「 古き良き台湾」になりつつあ るせい ではないか、と密 かに思ってい る。これは反中感情の強い台湾南部の高雄 にいるから感じるのであ ろう か?

映画 の一場面( 座ってい ってい るのが弱小チーム を甲子園 準優勝 に導いた近藤 監督)
(この写真 はインターネットから借用 )

平日 にも拘わらず切符売り場 は長い列

あちこちにこのポスタ ーが貼られてい る
6 海鮮料理の注文
 高雄は海に面しているので海鮮料理が魅力である。その海鮮料理を高雄に来てすぐ食べに行った。550元/人(約1,900円)で大変美味しかった。並んでいる魚を見て、調理方法は掛かりの人に確認しながら注文する。魚2疋×2皿、海老小ザル1杯、サーモンの刺身(真に美味)、野菜炒め、焼き飯、麺をそれぞれ1皿の合計7皿、量的にも 4 人では食べ切れず海老は持ち帰った。大満足!
日本ではとてもこの値段では食べられない。しかしこちらの価格水準では少々高い。感覚的には400元/人と思っていたので、「んっ!?」。
台湾では料理を注文する際、値段のことは気にせずドンドン注文出来るが、海鮮料理だけは値段の確認をしながら注文する必要がありそう。その後何回か海鮮料理を食べたが殆ど同じ程度の料金。質量ともに大大満足因みに中華料理は屋台クラスなら腹いっぱい食べて 100~150 元(350~500 円)/人。レストランでも 300 元くらいが相場なのでやはり海鮮料理は高い。でも美味い。
魚は見て選ぶ   
   
これ以外に魚 2 匹を一皿注文、刺身は半分食べた後の写真、これを 4 人で食べた。  
   
 調理場風景  
7 偶然会った人との交流
  台湾でのロングステイの魅力は台湾の人々との交流である。今回も銀髪族協会のご尽力で色んな人たちとの交流を楽しめたが、それ以外にも偶然出会った人との交流も捨て難い。
本通信3でも紹介したが、2年前サイクリング中に道を尋ね、それをキッカケに続いているご縁を今回も楽しんだ(その人は当時大学助教授、現在教授)。今回は個人的にその家族全員と食事会をしたあと自宅(大学教授にしては豪華な家)に招かれ、家の中をくまなく見せて頂いた。
さらには別の日に LSC 参加者全員が旧製糖工場跡地利用の観光施設に案内してもらった。教授とそのゼミ大学院生とで日曜日を一日潰して案内してくれ、途中でジュース、アイスクリームを買ってくれ、更には昼食もご馳走してくれたが、流石にそこまでは甘えることが出来ず、ジュースのみ頂いてあとはこちらで払った。
それにしてもなんでそこまで親切にしてくれるのか? 未だに謎ながらこれが台湾の大きな魅力であることに変わりはない。

教授の自宅、右から2番目はご主人の母
教授(女性)、その主人(左)、一人娘と会食 製糖工場跡地利用の観光施設、広いので自転車で廻った  
護送車ではないよ、昔サトウキビを運んだが今は観光トロッコ LSC(ロングステイクラブ)の美女と教授(右から2番目)とゼミ大学院生(右端)
左に見える売店でアイスクリームを食べて一休み 昼食で食べた「カレーうどんマグロ入り」、マグロが沢山入っていて誠に美味
台湾の金持ち
 台湾の金持ちは大金持ちは底が知れないとよく聞く。その金持ちと会う機会があった。高雄銀髪協会の幹部の知り合いでネジメーカーの社長である。
東日本大震災に際しては個人で 200 万元(700 万円)、その人が主導する業界団体で 5,000 万元(1.7 億円)の義援金を送ってくれた人である。
翌日中国へ出張するという忙しい中、高雄 NO1 の歯科医(社長はインプラント用のネジを納入している)見学に立ち会ってくれ、更には昼食にも付き合ってくれた(勿論彼の奢り)。
彼は偉ぶる素振りは露ほども見せず、見た目だけでは金持ちと感じさせるものは全くない。話していても自信に満ち、落ち着いた物言いはするものの威圧感は感じさせない。
昨年新竹でもセブンイレブンの台湾統括会社社長が我々の集まりにひょっこり顔を出してくれ 30 分ほど付き合ってくれた。台湾ではかなりの地位と思うが、そんな雰囲気はあまり感じさせず気さくな物言いが印象的であった。
そう言えば役所の幹部や議員さんも実に気さくで偉ぶる素振りもない。国が変わるとこんなにも違うものか。 
 
歯科医での質疑応答(右端ネジメーカーの社長、
赤シャツ TARP 理事長,その右歯科医院長)
歯科医には子供専用フロアがあり、色々と工夫されていた
子供用治療台上の天井にはテレビがあり、アニメで子供の気を引く 子供用フロアの洗面所(低学年用と高学年用)とトイレ(親用と子供用)
記念撮影、台湾はどこへ行っても記念撮影は必ずする 昼食をご馳走になった由緒あるレストラン
9.NHKのオリンピック報道
高雄滞在中にオリンピックが開かれた。高雄のコンドではNHKTVが映る。
オリンピックの結果はネットで逐一判るので問題ないのだがNHKの報道には首をかしげざるを得ない。
羽生が金を取った日の朝7時のNHKニュースではオリンピックのオの字も言わないので、「おかしいなぁ」と感じた。
数日後カーリング女子の予選敗退が決まった日の朝7時のニュースでは「スイスに勝った。
残り中国とスエーデン戦に予選突破を賭ける」という報道。
これってどうなってんの?海外ではスポーツ報道で写真が使えないケースは多々あるが、結果報道だけでも放映権に引っ掛るの?どうしても解せない。
日本では「らじるらじる」を通してパソコンでNHKの語学講座を聞いている。
台湾でも当然聞けるだろうと思っていたがどうしても聞けない。
仲間にその話をしたら「海外では聞けませんよ」とのこと。何でぇ・・・?何でやねん!?

10宗教団体「慈斎」について
宗教団体「慈斎」(ツーチ)について触れておきたい。TARPの有力メンバーの一人が「慈斎」のメンバーということで案内してくれた。いかにも新興宗教らしい風情の贅沢なお寺に連れていかれ、本音では「胡散臭い」と思いながら説明を聞いた。慈善活動に殊の外注力していると言う。東日本大震災の時もいち早く救援活動に駆け付けてくれ、義援金も多額な金額を贈ってくれたらしい。その他インドネシアの津波や中国の地震等でもいち早く救援活動に駆け付けているとのこと。
「慈斎」に対する見方が変わったのは後日「小林村」を訪れてからだ。この村は原住民の村で村が水害で全滅した。その村にいち早く救援に入り、立派な住宅を全て無償で建てて村ごと復旧させたのである。しかも原住民の大半はキリスト教徒であるにも拘わらす、「慈斎」の宗教である仏教を全く押し付けてない。この村の住宅を何軒か見せてもらい、住人の話も何人にも聞いて、それまで感じていた胡散臭さが霧消した。どうやら一味違う新興宗教らしい。来年訪問してじっくり実態を見たいと考えている。

 
「慈斎」 のお 寺玄関
 
お寺に入ったところ
 
寺院内をつぶさに案内してくれた
 
立派なお寺である
 
小林村 の水害 前と後の写真 パネル
 
「慈斎」の金で村全体 を復興 させた
 
村民 の家をみせてもらい 交流
 
11台湾で神様のように慕われている日本人
台湾で今でも神のように崇められている日本人がいる。名前は八田與一。台湾南部に嘉南平野という15万haに及ぶ一大穀倉地帯がある。ここは20世紀初頭まで荒れ地で不毛の地であったが、1920年から10年の歳月を掛けて烏山頭という地に巨大なダムを造り、不毛の地を穀倉地帯に一変させた。設計から完成までやり遂げたのが土木設計技師の八田與一である。門外漢なのでよく判らないが当時としては先進的な手法と技術でダムと灌漑システムを造り上げた。
ダム近くには八田與一記念館があり、彼の業績を当時の写真とともに紹介していて歴代の台湾総統は必ずここを訪れるとのこと。周辺には彼の銅像も建てられ毎年命日には今でも慰霊祭が行われている。また付近には烏山頭水庫公園も整備され、当時の八田與一の住んだ家も復元されているし、八田路という長い通りまである。
台湾では教科書にも取り上げられ台湾での知名度は高いが残念ながら日本での知名度は低く実に残念なことだ。
(おまけ)
彼は1942年フィリピンの綿作灌漑調査に出掛ける途中アメリカの潜水艦に撃沈され死亡した。戦後の1945年外代樹夫人も夫の後を追うようにして烏山頭ダムの放水口に投身自殺した。


ダム取水口、外代樹夫人はここに身を投げ夫の後を追った

八田與一記念館入口

記念館内部の様子

八田與一の銅像

八田夫婦の墓

烏山頭水庫公園に復元された八田與一の家
12台湾の師弟関係
3年前偶然知り合った大学教授の話はこの通信No7で製糖工場跡地の観光施設を案内してくれた事例でご紹介した。
この時も案内はY教授とそのゼミ生で大学院生のSさん。Y教授と会うときはいつもこのSさんがサポートでついてくれる。車の運転、切符の購入、レストランの手配、我々に配るためのジュースの購入に走る等々雑用を一手に引き受けている。そこまでゼミ生を扱き使うのォ、という感じ。でも二人の関係は厳しい上下関係という印象はなく日本の師弟関係と比べると友人関係の要素が強い感じがする。
Yさんと食事をする時はいつもゼミ生のSさんともう一人の男子大学院生が同席する。Yさんが払う時も我々が払う時も関係なくいつも一緒で、この辺の感覚は日本とは随分異なる。もっとも台湾での食事代は人数に関係なく「ひとテーブル幾ら」(少人数の場合はアラカルトで注文するが・・・)なので招待されていない人を勝手に連れてくることは日常茶飯事ではある。
どこかへ案内してくれる時はいつも食事代まで支払おうとする。それだけではなくジュースやアイスクリームも買ってくれる。いつもどちらが払うか押し問答になるが、彼らからすると「ご馳走するのが当然」という感覚のようで日本との違いを感じる。

大学教授のYさんとゼミ生のSさん

昼食(これはYさんの奢り)

旧旗山駅でアイスクリーム(これもYさんの奢り)

夕食(これは我々の奢り)

夕食その2
13中山大学訪問
名門の誉れ高い中山大学日本研究センターへ行った。大学紹介のプレゼンを受けた後フリーディスカッションに移った。大学側は日本語の堪能な専任研究員と学生数名。日本側から積極的な発言が相次ぎ実に有意義なひと時であった。
その中で特に印象に残っているのは「台湾の人が何故こんなに日本人に親切なのか?」という質問に対する返事である。
今まで高齢の方から「日本統治時代に日本は道路、鉄道、電力などの社会インフラを整備してくれた。そのインフラが今でも台湾の役に立っている。とりわけ教育制度を確立してくれたことに対しとても感謝している」という趣旨の話を何回か聞かされている。今回もそうした趣旨の回答があるものと予想していたが、返事は全く違うものであった。「それは日本の《文化力》によるものです」との回答。「若者は日本の文化への憧れがあり、それが日本人への親切という形で表れている」というのだ。
全く予想していなかった回答を聞き、《本当の原因は何か》という好奇心が一層強くなり、次回以降色々な機会に問いただして行きたいと思う。

中山大学正面玄関

緑いっぱいの構内

大学側のプレゼン

大学側のプレゼン

日本側からも活発な発言

14日本時代の遺構保存
日本は1895年から1945年までの50年間台湾を統治した。今台湾では日本時代の遺構保存が熱心に進められている。嬉しいことである。
そのうちの一つ高雄近郊の旗山へ案内してもらった。旧駅舎や当時の武道館などと並び昔の小学校が保存されている。可愛い机や椅子を並べた教室、当時の時間割、校訓等々懐かしさがこみ上げる。当時の汲み上げ式ポンプは今でも動いていて感動を覚える。
旗山に限らず台湾全土で日本統治時代の建物の保存が進められている。官公庁の庁舎、駅舎、警察署、旧製糖工場の再現、武道館、庭園、日本人社員の社宅等々至る所で古き良き時代の日本に会える。
遺構だけでなく、台湾には古き良き時代の「日本の心」が色濃く残っていて、戦後日本が失ったものがいかに大きいか、考えさせられる。

小学校が保存されているところ

懐かしい教室

当時の時間割、修身・習字・裁縫などの時間もある

これは台湾流

1年生で教えたのでしょう

当時の写真
15幼稚園訪問
TARP会員で幼稚園経営者がいて、その幼稚園を訪問した。園児全員が歌と踊り、楽器演奏のパフォーマンスで熱烈歓迎してくれた。たどたどしい仕草ながら一生懸命さが伝わってきて微笑ましい限りである。子供はどこの世界でも可愛い。これだけのパフォーマンスを教え込んだ先生方のご苦労も相当なものであったに違いない。
幼稚園訪問は急に決まったので、何か手土産はないかと考え、折り紙を持って行くことにした。4人の奥さん方が夜なべをして独楽の折紙を130ケ作ってくれ持参した。プレゼントされた子供たちが夢中で独楽を廻して喜ぶ姿を見て、奥さん方の夜なべ作業の疲れも一遍に吹き飛んだに違いない。
そのあと園児のお婆ちゃんの一人がタオルアートで子犬の作り方を教えてくれ、参加者全員が一つずつ作りお土産として頂戴した。来年もこうした交流を続けて行きたいと念願している。

総出で出迎え
組ごとに演技披露


懸命の演奏
机の上にある軽食・果物もご馳走になった


歓迎演技の熱演

参加者全員で記念撮影

折り紙を園長に贈呈
子供たちは折り紙の独楽を廻して大はしゃぎ

真ん中がタオルアートの先生
私も作った


全員真剣な表情
家内と私の作品

16東日本大震災写真展in高雄
高雄滞在中に東日本大震災写真展が開かれたので見に行った。場所は「夢時代」という巨大なショッピングモールで、場所柄まずまずの人が訪れていた。
入ったところにツリーが据えられ沢山の応援メッセージの短冊が吊り下げられている。それらを見ていると台湾の心が伝わり胸が熱くなる。
写真から被害の凄まじさがありありと蘇えり、19年前に体験した阪神淡路大震災の光景ともダブって心が痛む。あのトランペットの少女の写真もあり、自然と涙が込み上げてくる。復興に取り組む写真も数多くありホッとする。
日本では早くも「風化」の兆しが見えるが外国の台湾でこうした写真展が開かれていることに複雑な思いがよぎる。


写真展入口

激励メッセージを吊るしたツリー


激励の短冊

展示会場風景

被害実態が時間経過とともに

トランペットの少女

復興に立ち上がる姿も

17台湾の温泉
台湾は火山国で温泉は沢山あるが「温泉」として利用しだしたのは日本統治時代(1895-1945)でその歴史は新しい。それまでは「熱いが汚い水」という認識であったらしい。
数ある温泉で北投温泉(台北)、関子嶺温泉(嘉義)、四重渓温泉(墾丁)、知本温泉(台東)は台湾4大温泉と言われている。今回はその四重渓温泉に行った。ここは戦前高松宮がハネムーンで訪れ一躍有名になった。湯質はアルカリ炭酸泉で最高温度は60℃。
確かに温泉なのだが日本の温泉とは趣が異なる。日本のように裸で入浴出来るところもないではないが、一般的には水着着用である。温泉施設も日本ほど豪華さはなく、清潔度も日本には遠く及ばない。今回行ったのも屋根はあるが屋外で勿論水着着用である。
純粋に温泉に浸かって楽しむだけなら十分だが、日本のように非日常の娯楽性を求めるならガッカリするだろう。勿論金さえ出せば豪華な温泉旅館もあるが、年金頼りのロングステイヤーには縁遠い存在である。


温泉は全国に分布している
温泉内の風景
18「いい加減」か「良い加減」か
台湾では結構アバウトなところがあり、日本人の感覚からすると「いい加減」な印象は否めない。しかしこの歳になるとこのいい加減さが何とも言えず心地よい。
① 台湾では65歳以上は何かと優遇される。新幹線・バス美術館・博物館は半額、70歳以上なら美術館や博物館は無料である。
但し、新幹線はOKだが在来線は規則上「外国人は適用外」となっている。でも大半の駅で半額で売ってくれるし、自動販売機なら当然半額で買える。日本ではあり得ないが台湾では日常茶飯事。
② 銀髪族協会の方は我々を役所(市政府)に必ず連れてゆく(表敬訪問)。その場合でも先方は服装には全く拘らない。当然こちらもラフで良い。
③ 日本人は時間にはとても煩い。約束時間の5分前というのが当たり前だが、台湾では逆に5分や10分の遅れは許容範囲らしい。台湾に暫くいるとこの大らかさが心地よい。
④ 前にも書いたと思うが宴会の際日本なら全員が揃って乾杯をし、それから食事がスタートする。台湾では食事が来た人から勝手に食事を始める。
これらの事例は「いい加減」と思うか「良い加減」と思うか?皆さんはどちら?

 
服装は拘らない
 
高雄TARPの皆さん
19 自転車
台湾は自転車道の整備が進んでいる。最近台北では台北環状自転車道58.8Kmが完成したと報じられていた。
高雄でも愛河自転車道24.5Kmや旗津環島自転車道15.5Kmなどが整備されている。愛河自転車道には芸術文化、自然生態、沿海コミュニティという3つのテーマが設けられていて、走っていてとても楽しい。
街には地下鉄等鉄道の主な駅には貸自転車スタンドが設置され、クレジットカードで借りられる。1時間以内なら無料。返却はどこでも良く、目的地まで行って返却し、しばらく遊んで帰りも自転車で帰れば交通費は一日無料で遊べる。実に有難い存在である。
落とし穴もないわけではない。返却する際機械が上手く作動しない場合がある。その場合は返却手続きが終わっていないのでずっと数日間借りっ放し状態が続き、結構高額になる可能性がある。後でアピールすれば取り消してくれるがその手間が大変。何事にも表裏があるということか


日曜日の朝、まだ誰も借りていない状態
 
昼頃になると結構借りているのが判る
 
精算機、慣れないと少々難しいが慣れれば何のことはない
 
これは100元/日で借りたもの(製糖工場跡観光施設)
 
これも有料で借りたもの(小琉球にて)
こんな観光地では貸自転車スタンドの設置は業者の抵抗で出来ないのだろう

 
20 書道交流
日本では筆を使う人がドンドン減っているが、台湾では日本ほど劇的には減っておらず、「書の国」の面目は保っている。
書道交流ということで出掛けたが、実際は水墨画の達人の腕を見せて頂くことになった。この日は筆で鳥の絵を描かせたら台湾一という黄淑玲さんという女性が鳥の絵を描き、そこに我々日本人に「草でも枝でもなんでも良いから適当に描きなさい」と言われ、訳も判らず全員が一筆ずつ描いた。黄さんはそれにチョンチョンと筆を入れ見事にそれらしく仕上げた。見事なものである(写真参照)。そのあと参加者全員がその絵にサインして完成。
その後参加者が勝手に書を披露したが、TARPにも筆達者がいて日本人の出る幕無し。日本では「書道」として芸術分野でしか残っていないが、台湾では「書」が生活の中に今も残っていると感じた。


黄先生の見事な筆さばき(鳥を僅か3筆で描いた)

参加者全員が訳も判らず一筆ずつ描き加えた

参加者全員がサインして完成

完成品

TARP会員の見事な筆使い

絵と書をあっという間に仕上げたTARP会員

全員で記念撮影、作品は全て台湾の人が作成
21 折紙交流
今回の高雄、前回の新竹ともに折り紙による交流が好評であった。作ったのは箱・独楽・鶴の3種。箱は台湾でも良く作られているようでちょっとしたキャンディ入れやゴミ入れとして散見される。
鶴は日本人の折紙としては超定番で多くの台湾人が目にしたことは多いようだが、実際に作るとなると少々難しいらしい。でも結構器用な人も多く、日本人のマンツーマンでの指導で立派に作り上げた。
印象深いのは独楽で難易度は鶴よりやや難しく出来上がった時の喜びは鶴よりは大きいらしい。出来上がったときは嬉々としてそれを廻し、童心に返ったようなハシャギようで、こうした交流は言葉の障害も大きくなく、今後の日台交流には欠かせないアイテムである。やはり出来上がった作品が「動く」というのは子供に限らず、大人でも嬉しいものらしい。

台湾側の熱意に日本人の指導も熱が入る

東日本大震災写真展にも折鶴が飾られていた

新竹でも皆さん熱心でした

出来たぁ!

廻ったぁ!
22 費用(完)
今回はいつもの台湾滞在より少々高くついた。
主な原因はコンドミニアムが2LDKと新竹のスタジオタイプ、台中の1LDKと比べ広い部屋であった。それにTARP会員との会食が多かったこと、単独で海鮮料理に何回か足を運んだせいである。お蔭で結構美味しい台湾料理を楽しむことが出来た。
概略の費用は下記のとおりです。
滞在日数26日間
総費用約34万円(2人分)
(内訳)食事関係77,000円(≒3,000円/日)
宿泊費100,000円
航空券55,000円
その他105,000円

ある日の海鮮料理

台湾料理

こんな定食もある

小籠包専門店で



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